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2011年6月 5日 (日)

強制的に休息を

地震からもうすぐ3ヶ月。被災地の大変さ、想像するだけで恐ろしいものです。

被災者、救援者(自衛隊や消防警察等、自治体関係者、医療関係者…)のみなさまのお疲れ、さぞや大変なことかと思います。

まだ涼しい今、とにかく一休みして、夏に備えてほしいですね。

医療職関係者のために書かれた、日赤看護大学看護学部長武井朝子氏のレポートを「続きを読む」に転載します。被災救援者だけでなく、一般の人にも役立ちます。

思い切り要点をかいつまめば

・災害の場合、心理的にも物理的にも休めない
・救援者の共感疲労、ストレス
・生き延びた自分への罪悪感
・我慢強い日本人。つらいことをつらいと言えない

・たまには思い切り泣きわめいて、吐き出す
・物理的に距離を取り(テレビやPCを見ずに)強制休息

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それにしても、民主党はいつまで避難所暮らしさせるつもりですかねえ。できるだけ早く仮設住宅と、復興のための仕事を用意するのが政治の仕事なのに。

被災者も、避難所でいらいらしているより、復興のための仕事をして生活できるようになれば張り合いが出ます。今のままでは元気な人までぼけてしまいます。

民主党政権ではもう何もできないことが既に判明しているので、政権を返上すべき。

平沼氏を首班にする復興大連立政権で、デフレギャップを活用した通貨の大発行を行って、復興のための道筋をつけるべきです。

日赤看護大学看護学部長武井朝子氏のレポート

被災救援者だけでなく、一般の人にも役立ちます

以下「訪問看護と介護」から引用

災害時に救護にあたる医療職自身のケアが必要不可欠であることは、阪神大震災のときの経験から広く知られるようになりました。
基本的なことは災害時マニュアルなどにも書かれているようです。
 ただ、知ってはいても、実際にどのようにしてそれが自分の身に降りかかってくるかは、実際体験してみなければわかりません。
今回の大震災でも、知らず知らずのうちに「がんばり過ぎ」てしまっていたり、何もできないことに落ち込んだりしている方もたくさんいるのではないでしょうか。

交代ができない

 災害の場合、一番の問題は、自身が被災しながら働き続けている現場の医療スタッフです。
自宅を失ったり、家族の安否確認ができない状態でありながら、病院から離れず、患者の安全確保とケアに奔走しているスタッフが大勢います。
被災地の外から救護に行った人のように交代することができませんし、自宅にも戻りたくても戻れない人もいます。
休めと言われても、心理的にも物理的にも休めないのではないでしょうか。

 ある被災地の病院に応援に行った人に聞いた話です。
そこの看護管理者は、ご主人の行方が不明のままにもかかわらず、周りのスタッフには何も言わず、懸命に陣頭指揮を執っておられたそうです。
周りの人もその話題に触れるのをあえて控えていたようです。
 現場では、みんなが必死に対処しているときに、自分が今どのような体験をしているかさえ口にできないまま、とにかく使命感に燃えて無理をしている人が多いのは明らかです。
特に管理的な仕事をする人の代わりは、いきなり外から手伝いに行った人ができるものではありません。

 しかし、「休息をとること」は、こうした衝撃的な出来事にさらされたことによるストレス(惨事ストレスといいます)を緩和するための最低限の条件です。
それができない状況は、後々心身ともに深刻な影響を残す結果になりかねません。

救援者の共感疲労

次に問題になってくるのは、救援に行った人のストレスです。自分が被災したわけではなくても、被害の深刻さを目にするだけでも、心的外傷となりうるのです。

今回も、救援に行った人たちの多くは、大規模に破壊された街や傷ついた人々を目撃して、あるいは被災者の語る恐ろしい体験を聞くことによって、恐怖と共に深刻な無力感や罪悪感を体験しています。
これが共感疲労とも呼ばれる二次的外傷体験なのです。
ましてや遺体の処理を手伝ったりすることは、人の心に計りしれない傷を残しますが、こうした二次的心的外傷は、本人にしかわかりません。

 現地に派遣された人からのメールによると、支援の仕事を終えて横になっても、交代で出て行く人がいたり、すぐそばで休んでいたりする人がいるために、仲間同士で話すことも遠慮してできなかったそうです。
もちろん、働いている最中は目の前にいる患者さんを救護するので精一杯で、自分が何を感じているかなど振り返る余裕もありません。
せいぜい夜、体験をメールで友人に知らせるくらいしかできなかったということでした。

ある首都圏の病院では、地震が起きてすぐに出動した第1 陣のスタッフに、帰還後3日目に精神科CNS が声をかけたところ、話を聞いてほしいと大勢が集まったそうです。

車を運転して物資を運ぶ役割を担った事務系の男性スタッフが語ったのは、行き先の状況もわからないまま、余震にうねる道路を運転していて恐怖で足がブルブル震えたこと。
1000 人を超える遺体の山を見た話を聞いてどれだけ恐怖を感じたか──。
そうした地獄絵のような体験を語った人は「こんなふうに感じているのは自分だけだと思ってつらかった」と泣いていたそうです。

 その精神科CNS は、「いますぐ自分も被災地に行きたい気持ちだったけれど、こちらに残ってやらなくてはいけないこともたくさんあると気づいた」と言っていました。

生き延びた自分への罪悪感

 災害が起きたとき、生き延びた人々や救援者は、命や財産を失くした被災者の苦しみや痛みに比べれば、
自分のつらい体験などは取るに足りないものと感じます。
自分が無事に生きていることさえ申しわけない気がする、と。
これこそが広島の原爆被害者の聴きとり調査を行ったロバート・リフトンが「生存者の罪悪感」と名づけたものです。

被災したスタッフ自身も、自分よりも被災状況が明らかにひどい人や家族を亡くした人を目の前にすると、どうしても「生き延びてしまった自分への罪悪感」が強くなります。
そして、申しわけない気持ちから自分のつらさをないことにして、不眠不休の「献身的な救援活動」にのめりこむのです。

恐怖からアドレナリンが湧きでて過覚醒状態に陥るせいもあります。
けれども、その反動は深刻です。
PTSD(心的外傷後ストレス障害)に陥ることもまれではありません。
 被災地では「放っておくと、がんばってしまう」──この認識があるかないかで、対処の仕方が違ってきます。

特にがんばりを良しとする文化が根強い日本社会においては、過剰ながんばりは逆に危険なことにつながりかねないのだと自覚することです。

さらに海外からは日本人の「我慢強さ」に賛嘆の声が上がっていますが、それも問題です。
つらいことをつらいと言えるほうが健康にとってよいのです。

特に今回の震災復興は長丁場になるでしょうから、交代して休み休み、協力し合っていかないといけないと思います。「疲れていない」のは疲れているしるし けれども、「休み」をとることが難しいのも事実です。

アドレナリンが回ってハイになっているときには、疲れは感じません。
逆説的ですが、「疲れを感じなくなる」のが疲れの兆候と考えるべきです。
 「大丈夫?」と聞けば、人はたいてい「大丈夫」と答えるものです。
それを鵜呑みにしてはいけません。
その人の自覚に任せず、強制的に休憩や休暇を取らせることが肝要です。
時間で区切って休ませるのも手でしょう。
疲れへの対処法として、これが最も具体的で効果的な方法です。

 「時間で区切る」というのは、原発事故対応の作業で、放射線の被ばくを許容量以下に抑えるために、何分作業をしたら交代するという考え方と似ているかもしれません。
それと同じように、悲惨な状況にさらされることによる刺激の量(これを「共感刺激」とでも呼びましょうか)を時間で調整しようというわけです。

 共感刺激の量によって休む時間を決めるとか。
たとえば軽症の高齢者のおむつ交換ならば、3 時間くらい続けておこなうことが可能かもしれないけれど、遺体の処理とか救命のときには1 時間ごとに休憩するとか。

アメリカのホスピスでは、受け持ち患者が何人亡くなったら強制的に休みを取らせるというようなシステムもあるそうです。
 とにかく「有事のときは無理をしがち」という前提を踏まえたシステムを事前に作っておくことです。
共感疲労や二次的PTSD についての知識がないままに災害に遭遇した看護師に、「がんばるのをやめなさい」「とにかく休みなさい」と言っても、絶対納得しないはずですから。

物理的な距離をとる

 阪神大震災のとき、中井久夫先生は被災したスタッフたちを強制的に有馬温泉に行かせて休ませたそうです。

個人で有馬温泉に行くという決断はなかなかできないでしょうから、組織的に休暇をとらせるのです。

原発からの放射線被害騒動で、東京から信州方面にある実家に帰った人の話を聞きましたが、その人は東京を出て初めて、いかに自分がそれまで不安だったかがわかったと言っていたそうです。
東京から離れてホッとした自分に気づいたことで、初めて自分の不安や疲れを自覚した、と。一時的にせよ、物理的に距離をとることは、重要なことなのですね。

目撃者の罪悪感

 今回、テレビやインターネットでその惨状を見ただけの人たちにも、うつ状態を訴える人が出ています。
「自分だけが災厄から免れた」ことへの罪悪感から、救援に行かなくてはと駆り立てられたり、逆に何もできない自分の無力さに打ちのめされたりしてしまうのです。
これを「目撃者の罪悪感」といいます。

 テレビでは毎日、震災の状況をつぶさに報道していましたし、インターネットでもさまざまな情報が伝えられていました。
被災地にいる友人からのメールを見るだけで感情移入してしまった人もいます。
今すぐなんとかしてあげたい。何とかしなければと思う。これが共感ストレスです。
 でも、何もできない自分が情けなくもどかしい。何もできないなんて申しわけない。
これこそが共感疲労であり、「目撃者の罪悪感」なのです。
うつ状態から不眠になったり、いても立ってもいられない不安にかられたりといった状態になることもあります。
逆に、テレビや新聞をあえて見ないという人もいます。

 最近は、共感疲労についての知識も広まってきましたから、もしかすると、「こういうのって共感疲労かな」と、自分でも気がついているかもしれません。
でも、わかっていてもなってしまうのが共感疲労なのです。
できない自分が悪いのではない。災害によって引き起こされた反応なのだと自覚し、
援助を求めることが大切です。

つながりを絶つ「死の刻印」

 「二次災害」という視点からもう1 つ注意してほしいことがあります、それは、今回のような大災害によって人間関係が悪くなってしまう危険性があることです。

 日本では被災地で略奪や暴力が起きないことに海外から称賛の声がありましたが、時間が経つとともに、やはりケンカや盗みといったトラブルが起きてきているようです。
人々の間にこうした諍いさかいが起きるのも、二次的外傷のせいといわれています。

たとえば災害の現場にいた人と、現場から遠く離れた場所にいる人のあいだには、当然ながら危機感に温度差が生まれてきます。

距離が離れていてもつらさに共感し、わがことのように思って活動を始めても、現場近くにいる人からすれば、「安全なところで何を騒いでいるんだ」「机上の空論だろう」「本当の苦しみをわかっていないじゃないか」という思いがわいてきて、それが怒りとなるのです。

 また、ボランティアや応援に行った人が、現地の人に「あなたは帰れるところがあっていいよね」という目で見られたり、「何をしに来たのか」「自己満足でしょ」と言われてしまったりする。

リフトンはこうしたネガティブな反応を「死の刻印」と名付け、それは心的外傷体験からくるつながりの断絶だと説明しています。

普段は気にとめない差異であっても、災害時などには怒りがわいてしまい、お互いが反目しあって、人間関係が非常に悪くなってしまうというのです。

 これは被災当事者同士あっても同じです。
肉親を亡くしたか亡くしていないか、家が倒壊したか無事だったか、というような違いが反目の原因となり、互いに不信感をぶつけ合ってしまうようなことが起こります。

テレビなどでは一見タッグを組んでとても仲良くやっているように報道されますが、心的外傷を受けた人間の心のなかには怒りや嫉妬、軽蔑などの感情が渦巻くものなのです。

それがさらに孤立無援感を深刻にしていきます。
 このようなことが起きたときには、これこそが災害の二次的被害なんだという認識をもって、和解に向けて話し合うことが必要です。

あなたが看護師であるならば これまで述べてきたように、災害が起きたときには、生き残った人だけでなく、救援に当たる人も、さらにはそれを見たり聞いたりするだけの人も、大きなダメージを受ける危険があると知るだけでも、余計なあせりや疲労を避けることができるでしょう。

「何かしなければ」と強く感じたときや、「何もできない」と落ち込んだときはSOS、「人は誰もわかってくれない」と思ったときは手当ての必要なサインと思ってください。

そしてこのことは知っておくといいと思うのですが、看護師という職業を選んだ人たちには、もともとそういうリスキーな傾向があるということです。

 看護という仕事には「共感性」が求められます。
そのために「人の痛みを自分のごとく感じなさい」と長年教育されてきていますし、なによりそういう傾向をもった人が看護師になっています。

他者に共感する能力をもっているというのはそれ自体大変すばらしいことですが、今回のような事態のときには共感疲労を起こして自分を苦しめてしまうことになりやすいのです。
このことを知っているだけで、ずいぶんと違うのではないでしょうか。

[2011.3.23 収録]
たけいあさこ
東京大学医学部保健学科・同大学院を卒業した後、
千葉県の海上寮療養所にて看護師、ソーシャルワーカー
として勤務。現在、日本赤十字看護大学看護学部長。
主な著書に『感情と看護』『精神看護学ノート』(医学書院)、『ひと相手の仕事はなぜ疲れるのか』(大和書房)、『レトリートとしての精神病院』(編著、ゆみる出版)
『感情と看護』看護に『感情労働』という言葉を与えた(日本で)始めてのレポート
http://www.igaku-shoin.co.jp/bookDetail.do?book=4992

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