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2008年9月 8日 (月)

石原閣下は魂をシナに売ったか?

【日本よ】石原慎太郎 靖国再考』(産経)

『東条英機が作った「戦陣訓」の中の「生きて虜囚の辱めを受けず」…あの戦争の真の責任者たちの糾明を行ってこなかったのだろうか。…天皇陛下も含めてせめてすべての遺族、親族が晴れ晴れ参拝が出来るためにも、遺族を代表して行われた古賀氏の発言はすみやか果断に実現されるべきに違いない。』

今朝、週明けの寝ぼけた頭で読んだ産経新聞、久しぶりに激怒どころではない酷い記事が一面に載っていました。これが朝日ル新聞に古賀誠議員が書いているのなら笑うだけですけど…

石原慎太郎閣下、なんですか、この発言は。東條英機は、戦争責任があるから、靖国の本殿から追放されるべき、なのですか。

無謀な戦争を指導した東條英機が悪い。父は、主人は、東條英機に殺されたようなものだ。そう思いたい遺族の方の気持ちはよくわかります。でも…

果たしてそうだったのでしょうか。大東亜戦争、東條英機が止めろと言えば戦わずに済んだものでしょうか。進め一億火の玉だ、と騙されて思っていたのでしょうか。

そういう言い方は、当時の日本人すべてに対して大変失礼な言い方のように思えます。アメリカが(連中から見て生意気千万な)日本をたたきつぶすために行った戦争でしょう。東京裁判で、弁護人ベン・ブルース・ブレイクニーは、「もし、ハル・ノートのような物を突きつけられたら、ルクセンブルグのような小国も武器を取り、アメリカと戦っただろう。」の言葉がすべてを物語っています。

特定個人に「戦争責任」とやら押しつけて済まそうという、その心根は戦争犯罪人をでっち上げた東京裁判史観そのものです。遺族の方が個人的に思うのならともかく、仮にも指導者たらんとする一流の政治家が言うべき言葉ではありません。

北京五輪の開会式に喜んで出る輩、所詮はこんなものでしょうか。それともお年で呆けたのでしょうか。呆けていないとしたら、私が石原氏を強く支持していたこと、不明を恥じます。(なお、過去の都知事選で、他の候補に比べて石原氏のほうがはるかにまし、ということは間違いなく、彼に投票したことは悔いていません)

多くの諸先輩方の命が失われた戦争を、讃美するつもりなど毛頭ありません。結果論ですが、負けて悲惨なことになった戦争であること、間違いありません。

しかし、「A級戦犯」とやらになり、で曲がりなりにも責任を取って処刑された東條英機氏などに責任を押しつけて、自分は関係ないよ、などとは、日本人の風上にも置けぬ卑怯者。いわゆる「A級戦犯」を、責任を取らず逃げ果せた辻政信なる人物と一緒にしているのは、明らかにごまかし。

「国際的な犯罪としては、どこまでも無罪を主張する。力の前に屈した。自分としては、国内的な責任を負うて、満足して刑場に行く。ただ、同僚に責任を及ぼしたこと、下級者にまで刑の及びたることは、実に残念である。天皇陛下および国民に対して深くお詫びする。」

東條英機閣下の言葉とされています。天皇陛下を守って従容と死についた者を、貶めることが「戦争責任」を問うことですか。

連合国側から見た「戦争責任」は、間違いなく昭和天皇にあります。天皇とは日本そのものですから、つまり、日本人すべてが戦争責任者。連合国の言いたかったのは畢竟そういうことですが、それでは占領統治がうまくいかない、という打算のもと、連中としては東京裁判でお茶を濁したつもりでしょう。いわゆる「分祀」、つまり「いわゆる「A級戦犯」の靖國神社からの追放」は、その追認そのものです。

PS.戦陣訓は、日清戦争の教訓から作られたものと言われています。清の捕虜になると、多くの場合八つ裂きなどの目を覆うような殺され方をしました。それならまだ自死の方がよほどまし、ということです。鬼畜米英と言われていた当時、米英も同じことをやるのでは、と思ったとしてもそれは当然です。

米英は捕虜の扱いを国際法に則って行っている?そんなこと嘘八百なのは先日のイラク戦争でも証明されています。

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コメント

石原知事は、熱心な仏教徒(宗派は失念)ですのでかやうな言論は至極当たり前かも知れませんよ。私は大東亜戦争に関する石原知事の意見には前から否定的な立場です。

恐らく戦争当時十代であつた彼は、知より情をもつてあの戦争をとらへて仕舞つたのではないかと思へるのです。

投稿: 葦原屋 | 2008年9月 9日 (火) 02時28分

葦原屋さん
>戦争当時十代であつた彼は、知より情をもつてあの戦争をとらへて
>仕舞つたのではないかと思へるのです。
なるほど、以前からこれに近いような言論はありました。きっと、戦時中は多くの日本人同様に軍国少年で、戦後に「誰かが悪い」と無意識に思うことで贖罪していたのかも知れません。

投稿: 練馬のんべ | 2008年9月 9日 (火) 06時45分

あのマッカーサー元帥ですら
「日本は絹産業以外には国有の産物はほとんど何も無いのです。彼らは綿が無い、羊毛が無い、石油の産物が無い、錫が無い、ゴムが無い。その他、実に多くの原料が欠如していたのです。もし、これらの原料の供給が断ち切られたら、一千万から一千二百万の失業者が発生するであろうことを彼らは恐れていました。したがって、彼らが戦争に飛び込んでいった動機は、大部分が安全保障に迫られてのことだったのです」(1951年5月3日 米国議会上院の軍事外交合同委員会の答弁にて『東京裁判 日本の弁明』)
と述べております。
また、
「日本人を挑発しなかったならば、決して日本人から攻撃を受けるようなことはなかったであろう」
(ハーバート・フーバー元米大統領)
「(略)日本と同じような状況に置かれたならば、アメリカも日本と同様戦争に訴えていたかも知れない」
(ウィロビーGHQ参謀第二部長)
大東亜戦争が正しかったとは思いませんが、東條首相だけが悪いというのは違うでしょう。

投稿: DS | 2008年9月 9日 (火) 08時01分

DS様のコメントの大半はその通りですが、最後の「大東亜戦争が正しかったとは思いません」には大いに抵抗を感じます。私は大東亜戦争は「正しかった」、少なくとも「間違ってはいなっかった」と思っています。1919年から「人種差別撤廃」を叫び、それなりの行動をしてきて、やむにやまれず大東亜戦争に引きずり込まれました。敗戦で終わったわけですが、その後の世界の情勢は、西欧の植民地支配国をアジア、アフリカから退散させてしまいました。この結果をしっかり認めなければ、300万に上る犠牲者が浮かばれないと思います。練馬のんべ様か何方かが、ブログに書かれていたと思いますが、このような意味で東條英機元首相はどこぞに銅像でも立てなければと私も思いがあります。

投稿: おっさん | 2008年9月 9日 (火) 09時12分

戦争責任という名目で裁かれた人物といえば、高い地位の人ばかりですが、少なくとも陸軍大臣の場合は違和感があります。
よく、軍部の暴走だとして、気に食わない内閣をつぶす手段として、陸軍大臣が辞任して総辞職に追い込む手段が指摘されますが、辞任した大臣自身としてはいかがなものかと思います。
何しろ、やめることで職を失うわけですから、すんなりやめたがるとも思えません。むしろ、より下の連中からの圧力でやめさせられたというのが真相でしょう。
そうしてやめさせられた人がA級戦犯の中に含まれているというのは気の毒ですね。それに引き換え、陸軍省内の部長、課長クラスの連中は、内閣総辞職になって大臣が変わったからといって、彼ら自身の人事にてきめんに反映してくるとは限りますまい。そうした立場にあれば、上に圧力をかけて、今の内閣をつぶすためにやめてくれと言うことが可能だったのです。

投稿: DUCE | 2008年9月 9日 (火) 18時37分

DSさま、おっさんさま、DUCEさま
のんべは、正しい戦争などあり得ず、戦争は絶対的な過ち、と思います。
しかしながら、他のすべての手段に比べ、絶対的な過ちである戦争のほうが「まし」の場合もあるのでしょうし、大東亜戦争はまさにその例でしょう。不幸なこと、他に言葉はありません。
後世の我々は、戦死者(公務死を含む)・戦没者を問わず、犠牲になった方々に頭を下げ、二度と日本がやられないことを誓うしかない、そんな風に思ってます。

投稿: 練馬のんべ | 2008年9月 9日 (火) 21時47分

 否、幾ら、前の大戦争を研究したところで、「正しい」戦争だとも「間違った」戦争だとも云えないだろう、多くの人達が、戦争を回避する為に努力し、そして間違いも犯しているからだ。

 例えば、A級戦犯として処刑された広田弘毅は、親友の蒋介石の願いを聞き入れて、トラウトマン工作と呼ばれる日華事変収拾に乗り出そうとしたが、端から蒋介石は天秤に掛けていた、その反対側の皿には、英米の支援があったのだから、端から広田は裏切られていたワケだ、その蒋介石にしても、人生の恩師と仰いだ松井石根大将を、蒋介石が南京大虐殺を否定したにも拘わらず、広田と同じくA級戦犯として死刑台に送る事を止められなかったのは、一生の悔いに成っただろう。

 土肥原や板垣は関東軍の責任者だから、国府軍から目の敵にされた部分があって或る意味仕方がないが、武藤や木村は完全に「負けたが故」の処刑と言うしかない、では、一人東条が悪いのかと言えば、ソレもカナリ難しい、戦争犯罪者等、戦後の造語に過ぎないモノに拘るのなら、石原さんの知性も知れたモノだ。

 しかし、日本国民に対する戦争責任者は確かにいるし、東条英機もその中に入っている可能性はある、唯、云えるのは、彼が行った官権を使った弾圧行為にしても、戦時下の異常な状況を斟酌すれば、幾らか評価は変わるだろうと思える、彼は、他の軍人達の様に、彼形に自分の使命を果たそうとしただけのように感じる。

 戦陣訓の雛型は山県有朋だし、ソレはシナ軍の捕虜に対する仕打ちが、人間に対するソレと隔絶したモノがあったから、一兵卒と雖ど、淫らな死で一生を無にする事がない様にと、自決を許容したモノの焼き直しに過ぎない事を知れば、西洋人が、東洋人に対するに如何なる差別心を以てするかを、東条が知っていたと言うことに成るだけでしょうし、実際、終戦直後に行われた連合軍の私刑は、戦陣訓が畏れたママの惨状を呈していたのは、ソレを裏打ちしているダロウ。

 日本人が学ぶべきは、「戦争に負ければ、正義も悪にすり替えられる」と言う事実にだけである、懸命に戦って敗れた先人を子孫の我々が、彼等が反論できない黄泉の人であることを善いことに、踏みつけにして良いものか。

 自身の変節に恥は感じないのだろうか、石原さん。

投稿: ナポレオン・ソロ | 2008年9月 9日 (火) 21時52分

ナポレオン・ソロさま
繰り返しになりますが、私は「正しい戦争」という言葉自体矛盾していると思います。大東亜戦争は「やむを得ない戦争」かな、と。
広田弘毅氏は、共産主義者の都留重人が同病同窓のノーマンと組んで、木戸幸一内大臣(都留の妻の伯父)を救うために広田弘毅氏を犠牲にした、という説がありますね。

>日本人が学ぶべきは、「戦争に負ければ、正義も悪に
>すり替えられる」と言う事実
大いに賛成。後世の我々がその尻馬に乗るなど、万死に値します。

投稿: 練馬のんべ | 2008年9月 9日 (火) 22時27分

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