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2007年10月25日 (木)

柔道の心を極めたエジプトのラシュワン選手

最近、赤福を始めとして、とみに日本人の心を忘れたが多くて不愉快になります。せめて(古い話でも)清々しい話を書いていい気分になりましょう。

『「ヤマシタが右足を痛めていることは分かっていた。だからこそボクは(山下の)右足を攻撃しなかった。それにヤマシタが強かったから、自分は負けたのだ」-ラシュワン(エジプト)は淡々と語った』(昔の読売の新聞記事より)

先日、「博士の独り言」さんでラシュワン選手の話が少し出ていました。

ロス五輪、山下選手は決勝進出したものの軸足の右がひどい肉離れ、立っているのがやっと。肉離れは私もやりましたが痛いの痛くないの…常人なら立っていられません。

決勝の相手はエジプトのラシュワン選手、山下の右足を狙えば圧勝間違いなし。ましてラシュワン選手の最大の武器は右払い腰。

ところが、ラシュワン選手は自らの得意技を封印して決して右足を攻めず、苦手な左払い腰に行ったところ潰されて押さえ込まれ、30秒で一本。山下選手、涙の金メダル。

当時、山下選手もラシュワン選手も素晴らしいと感動し、君が代が流れて嬉しかったことを思い出します。

今でもあの凄い試合が目に浮かびます。涙が出てきます。思えば、オリンピックJUDOチャンピオンは確かに山下選手でも、「柔道」の真の勝者は間違いなくラシュワン選手でした。ラシュワン選手はユネスコより「国際フェアプレ-賞」を受賞しました。将来、「心技体」を極めた名人中の名人として、そして日本人の心を極めたエジプト人として、柔道史に燦然と輝くのは確実です。

あり得ないことですが、もし試合が終わったところで、山下選手が負けました、と宣言したらどうなっていたでしょう。金メダルをラシュワン選手に譲ってエジプト国歌を演奏させていたら、山下選手が「柔道」の真の勝者になっていたことでしょう。そうすれば現代、「技」の「JUDO」ではなく、「心技体」の「柔道」が世界で行われていたことでしょう。

もちろん、あのとき山下選手にかかっていた国民の期待はものすごく、山下選手がそんなことを言ったら国賊扱いにされたかもしれません。これはあり得ない話、無茶苦茶な暴論、です。でも…

山下選手は心技体を極めた名人で、金メダルにふさわしい。ですが、ラシュワン選手は見えないダイヤモンドメダルを柔道の神様から授かっていることでしょう。

勝つことは偉いことです。それはよくわかっています。でも、それだけではありません。

(続きに参考記事を載せます。また、ラシュワン選手公認HPはこちら)

『無敵伝説 山下泰裕(25) 「栄光のためではなく」右攻めていたら・・・』(産経)

 王者山下は左足一本で戦っていた。軸足の右は肉離れがひどく、相手を投げることなど到底できない。

 そんな状態を知っていながら、なぜ挑戦者ラシュワンは山下の右を攻め続けなかったのか。彼が絶対的に信頼する日本人監督、山本信明は得意技、つまり右払い腰で攻めろ、と命じているのである。

 ラシュワンはその理由を十二年たった今、私たちがインタビューに訪れた大阪・枚方市の妻の実家の事務所で懸命になって説明しようとした。

 「私のベストは、もちろん右払い腰です。ときには右を攻めると見せかけ、左を狙うこともある。でも、普通は左にフェイント(見せかけの技)をかけ、右払い腰で決める。これが私のやり方です」

 では、なぜ山下に対して、まず右から攻めようとしたのか。

 「あれは左払い腰で勝負するためでした」と、ラシュワンは言った。「右で勝負していたら、もしかしたら勝っていたかもしれない。でも、私は…」あえて王者山下の傷ついた右足を狙わなかった、というのである。

 試合はその通りに展開した。ラシュワンは山下の右へフェイントを飛ばしたあと、しばらくして左払い腰に出た。勝つための作戦なら、これほど無謀なことはない。

 彼は右、山下は左組みである。右組みの彼が相手に有利な左で勝負しようとしたのである。しかも開始後三十秒と経っていない。「一分待て」と命じた山本の指示を忘れたのか。

 ラシュワンが攻めてきた左払い腰を、山下はさっと透かした。「初めて使った透かし技だった」と山下は言う。そのまま押し倒し、寝技の攻めに入った。

 「抑え込み!」

 主審が宣した。

 横四方固めである。

 離すものか、絶対に離すものか。山下は運命にしがみつくようにラシュワンを抑え込んでいた。地震があろうと会場がつぶれようと、この手を離すものか。

 栄光に向けて、時計はゆっくりと三十秒の時をきざむ。

 ブザーが鳴った。山下はまだ抑え込んでいた。ラシュワンが観念したように力を抜き、腕を広げ、やっと勝利に気づいた王者のそのときの顔は、まるで泣きじゃくる子供のようだった。

 後は胴上げである。君が代、日の丸である。ラシュワンがやさしく王者を支え、表彰台の中央に上げた。金と銀、二人の胸に輝くメダル。それがこの無敵伝説のフィナーレであるはずだった。

 ところがロスの夏のドラマは終わらなかった。翌朝、新聞にこんな見出しが躍っていた。

 「フェアだった敗者ラシュワン」

 「負傷の右足攻めず」

 「称賛のコールやまず」

 「右足狙わず堂々と」

 以下は、記者団とのやりとりである。

 《ラシュワンは「ヤマシタが右足をけがしたのが分かっていたので彼の左側へ技を仕掛けた」と振り返った。「なぜ、痛めた足の方を攻めなかったのか?」の質問にも「それは私の信念に反する。そんなにまで勝ちたくなかった」とさわやかに胸を張った》(産経)

 《「ヤマシタが右足を痛めていることは分かっていた。だからこそボクは(山下の)右足を攻撃しなかった。それにヤマシタが強かったから、自分は負けたのだ」-ラシュワン(エジプト)は淡々と語った》(読売)

 「涙の金メダル」のドラマの最後に、巧まず演出された世紀の美談が待っていたのだった。

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コメント

名前は忘れてしまっていましたが、山下選手の怪我した足を狙うことなく、金メダルを逸した選手がいたことは、はっきりとした記憶にあります。本当に感動を与えてくれた選手でした。

投稿: おっさん | 2007年10月25日 (木) 19時07分

おっさん様
ほんと素晴らしい試合でしたね。山下選手もよくぞ片足で頑張った。あんな凄い試合、二度と見られないでしょう。思い出すだけで涙が出ます。

ラシュワン選手公認HPには掲示板もありますので、コメントされるのも良いかと。

投稿: 練馬のんべ | 2007年10月25日 (木) 19時50分

私は実際にこの試合をテレビで見ました。ラシュワン殿にはまことに失礼ですが、外人さんですので痛めた足を先ず攻めてくるだろう、と思っていました。
ところが試合が始まると全くそんなことは無く、正攻法での柔道、それが為に山下選手に敗れてしまいましたが、私はこの時、何か物凄いものをもらったような気がしました。 彼は日本人より日本人らしい侍だったと思います。

投稿: mikkey | 2010年6月30日 (水) 18時54分

mikkey様

>彼は日本人より日本人らしい侍だった

その通りですね。ラシュワン選手は史上最高の「柔道家」と信じます。

投稿: 練馬のんべ | 2010年7月 1日 (木) 06時32分

先週水曜日出張先のアレキサンドリアで
ラシュワン氏のお店(スーパー)を訪ねラシュワン氏にお会いしました。
ラシュワン氏のお店は
ラムル駅から3両編成の電車に乗り
7つ目の駅 CAMP SHIZERの目の前にあります。
(進行方向右)

投稿: アレキサンドリア出張者 | 2010年11月24日 (水) 04時42分

お気に触ってしまったら大変申し訳ないのですが、事実はおっしゃるとおりではないようです。
実のところ私も子供時代この試合を見ており、おっしゃるようなフェアプレーの精神を大人達に教えられて育ちましたし、そう信じてきました。
しかしながら、Wikipedia等ネットで調べると、ラシュワンは山下の右足を攻めており、それは映像でも明らかで、さらには山下自身が回顧録でそう語っている、ということが出典までついて出ているようなのです。
それによると、山下の懐古では、試合後マスコミがまずこの美談を報じ、ラシュワンへのインタビューで彼がそれを認めたことから、この美談が強力なものとなり、山下はそれに水を差すまいと何も反論しなかった、ということです。
繰り返し申し上げますが、おきに触りましたら大変申し訳ありません。また、私もあなたと同じくこの美談を当時リアルタイムで信じてきた人間の一人ですし、美談にしておきたい気持ちは人一倍あり残念なのです。
念のためリンク先を掲載しますので一度ご覧ください。
http://ja.wikipedia.org/wiki/モハメド・ラシュワン
http://ja.wikipedia.org/wiki/山下泰裕

最後にもう一度申し上げますが、お気に触りましたら大変申し訳ありません。

投稿: ジャバ | 2011年1月 9日 (日) 14時25分

横槍です。
あの時確かにラシュワンは右足を攻めてました。
彼の得意技は、左右の払い腰。現役時代の稽古では必ず左右の連携した払い腰の打込みを激しく行っていました。かなりの切れ味でした。
そう、あの技こそ彼の最高の技なのです。
あの決勝戦の日、たまたま彼の相手の山下選手が右足を怪我していたわけで、結果的には負けましたが、彼は世界最強、金メダル確実と言われた山下選手に自分の最高の技をぶつけただけなのです。

山下選手はこの時のことを、「私だって、相手が怪我をしていたら徹底的にそこを攻めます。勝負と言うものはそう言うものです。彼も私が怪我した右足を攻めてきました。でも、彼はそれが彼の最高の技でした。相手がどういう状態であろうと自分の最高の技をぶつけて来たと言うところに、彼のフェアプレーの精神があると思います。」と語っていました。

投稿: いせっぽん | 2011年1月29日 (土) 20時38分

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