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2007年9月19日 (水)

JUDOとは縁を切り柔道の心を取り戻せ

理事落選―JUDOの家元をめざせ』(朝日社説9/14)

ここしばらくの朝日社説は主に総裁選がらみ、こんなの読むまでもないので無視しました。ただ、この社説だけはちょっと無視し難いので一言。

今回の世界柔道は日本は不振ですが、塚田氏、谷氏、棟田氏が金メダルでなんとか面目を施しました。しかし、今回の不振の原因は柔道にならなかったことであり、日本選手が弱いからではありません。

今のJUDOは、背中を先に付けば負け、という試合の流れもへったくれもないスポーツです。ルールさえ破らずに勝てばいい、というものです。ルールのあらを探すようなスポーツになってしまいました。あんなのは柔道ではない。

武道とはもともと心身の修養のためのもの。どんなに強くても心が出来ていない者には武道を行う資格はないはず。朝青龍が批判されているのは心ができていないからです。

柔道を体重別にしたところからJUDOへの道を歩み始めたわけです。体重別は、西洋的な(キリスト教的な)平等であっても、日本の心、柔能く剛を制す、とは対極の姿。

最近ではJUDOですらなく、もはやジャパニーズ・レスリングでしょう。

日本の心を失ったJUDOチャンピオン戦。パンプキンさんも書いていらっしゃいますが、良い機会なので、全日本柔道連盟は、JUDOとは縁を切るべきです。

社説の内容を少し見てみます。スサマジイとしか…。『伝統や精神性にこだわるかたくなな日本の姿勢』とは、伝統や精神性は否定すべきもの、というスタンスがありありです。

『欧米では遊びの中からスポーツが発展した。そこでは競技の公平性を保ち、面白くするために、ルールを変えたり、新しく作ったりするのは自然なことだ。』一面正しいけど、「ただのスポーツ」と「国際戦」をごっちゃにしているところ、さすがに上手い…いや、すぐばれるのが情けないか。例えばスキージャンプや水泳で日本が強いと見るや日本人に不利なルールに変えたことを忘れたのですか。常に主催者のご都合で変更する、それが国際スポーツ界というものでしょう。

『知的な国際感覚と経営の手腕。それが日本のスポーツ界にも求められる。』要するに、柔道でもなんでも、心の修養でもスポーツマンシップでもなく、稼ぐが勝ちのホリエモンに任せろ、ということですね。

(続きは記事の保存です、当面はリンク先をご覧下さい)

 柔道は、とっくに「JUDO」になっていた。国際柔道連盟の理事選挙で、再選をめざす山下泰裕氏が敗れたことは、そんな現実を改めて突きつけた。

 山下氏は84年のロサンゼルス五輪の金メダリストだ。その山下氏が教育・コーチング理事の選挙で、アルジェリア人の対立候補に61対123の大差で負けた。この時点で、52年に加盟して以来、初めて執行部から日本人の姿が消えた。

 その翌日、マリアス・ビゼール新会長は定数11の理事会に会長枠として8人の増員を発表し、その1人に上村春樹全日本柔道連盟専務理事を指名した。しかし、日本の訴えが届かなかったという結果は残った。

 このことをどう考えればいいのか。

 振り返れば、柔道界の先人は、柔道の魅力を広く伝えたいと考えた。その魅力とは、格闘技の面白さと精神性を融合したものだろう。海を渡り、言葉の壁を乗り越え、種を世界にまいてきた。その結果が、いまや200に迫る国際柔道連盟の加盟国・地域の数である。

 日本生まれのスポーツとはいえ、これだけ世界に広まれば、性格が変わるのもやむをえまい。山下氏の活動が否定されたとは思わないが、伝統や精神性にこだわるかたくなな日本の姿勢が、選挙結果につながった面は否めない。

 ここは、「家元」の権威がまた失墜したと嘆くよりも、新たにJUDOの「家元」をめざした方がよくないか。

 ビゼール新会長は、世界選手権を隔年から毎年に変えるとともに、選手のランキング制を導入し、世界各地で賞金大会を開いていく構想を発表した。

 日本では、そんなに国際大会が増えてはたまらない、と反発がある。青色以外にも様々なカラー柔道着が出てくるのではないか、という警戒感もある。新会長は否定したが、「一本」「技あり」といった言葉がなくなる不安も消えない。

 しかし、柔道の伝統にそぐわないといって反対するだけでは、通るまい。

 欧米では遊びの中からスポーツが発展した。そこでは競技の公平性を保ち、面白くするために、ルールを変えたり、新しく作ったりするのは自然なことだ。

 選手を支える環境も違う。企業や大学が面倒を見る日本と異なり、欧州の選手はクラブが中心だ。費用をひねりだすには大会を増やし、テレビの放映権料を当てにせざるをえない。こうした歴史や背景を理解した上で、JUDOを発展させるための対案を示すことが大事だ。

 これを担う人材の育成にも取り組みたい。「山下頼み」で相変わらずの「体育会」体質では、それはおぼつかない。

 ビゼール氏はルーマニアで生まれ、選手経験は少年時代だけだ。亡命先のオーストリアで実業家として成功し、柔道界で力を振るってきた。スポーツ界で欧州の小国出身のリーダーは珍しくない。

 知的な国際感覚と経営の手腕。それが日本のスポーツ界にも求められる。

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コメント

JUDOから脱退して、日本の柔道に徹すべきだと思います。心を大事にすることを忘れてはなりません。相撲においても協会自身が心を忘れているため、朝青龍ごときを横綱にしてしまったのだと思います。今回の騒ぎでは朝青龍の追放はもちろん、理事長、親方の引退は当然だと思っています。相撲道を取り返して欲しいと思います。稀勢里も態度が悪い。これも早く治して欲しい。大関にもなれないからよいのかもしれませんが。

投稿: おっさん | 2007年9月19日 (水) 08時23分

柔道連盟はスポーツとしてのJUDOによる収入(利権)がなくなるわけで、恐らくは決別することは無いのでせう。しかしそこを考へねばならないのが今の柔道界の問題なんですよね。
JUDOではなく柔道が好きな外国人は、外国にはまともな道場が少ないために、ちやんと日本に住んで日本の道場で武道の稽古をしてます。他の武道や華道茶道なんかでも同じです。そこが大事。
衿を取られると「自分に不利」だから全く組まないJUDOなど武道ではありません。

のんべさんの仰せの通り、日本はJUDOから決別せねば、と私も色道着が導入された頃から確信を抱くやうになりました。

> 知的な国際感覚と経営の手腕。それが日本のスポーツ界にも求められる

これ、暗に日本の柔道界は馬鹿だと言つて居ます。公器を自認して居る割にはかういふところに本性がポロッと出る朝日こそ知性がない。


おっさんさん

>稀勢里も態度が悪い

これ、彼のふてくされた顔がさう感じさせるのだと思ひます。でも実際の彼は稽古に真面目でファンを大事にするやさしい男です。一ファンとして彼を擁護致します(笑)。

投稿: 葦原屋 | 2007年9月19日 (水) 10時55分

おっさん様
残念ながらJUDOもSUMOUも日本人の心を大事にしない武道になってしまったのでしょうか、残念ですね。
ついでながら、剣道は世界に普及していないことが幸いして?日本の心を残しているように思います。
ただ問題は、剣道に向かう時だけでなく他の時にも日本人らしい謙虚さが出てしまうせいか、韓国がクムドが剣道の起源、なんぞという無茶苦茶を言っても物言わない。「剣道場を離れた世界では無茶には徹底的に言い返せ」と剣道業界の偉いサンに言いたい、とても難しいでしょうが…

投稿: 練馬のんべ | 2007年9月19日 (水) 20時38分

葦原屋さん
なるほど、利権の問題は大きいですね。利権に目がくらむ武道団体なんぞなくなってしまえ、と思います。

>暗に日本の柔道界は馬鹿だと
ははは、実に朝日サマらしい言説ですね。儲けに縁がないと馬鹿なのかな。ダイヤモンド誌には『2010年度本業赤字転落のシナリオに怯える朝日の焦燥』とからかわれているのに、どの口が言うか…朝日サマには四股名「棚の上」を差し上げましょう(笑)

投稿: 練馬のんべ | 2007年9月19日 (水) 20時50分

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