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2007年2月22日 (木)

今日は竹島の日

韓国が拉致・不法占拠を続けている島です。

北朝鮮に拉致された拉致被害者のみなさん、韓国に拉致された竹島。本質は同じです。

外務省のホームページより「竹島問題の概要」を「続く」にコピペしておきました。油断すると消されてしまうかも知れないので…

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竹島問題の概要

1.竹島の認知(詳細)
 今日の竹島は、我が国では明治時代の初め頃までは「松島」の名前で呼ばれており、当時「竹島」(または「磯竹島」)と呼ばれていたのは、現在の鬱陵島のことでした。しかし、我が国が、古くから「竹島」や「松島」をよく認知していたことは、多くの文献や地図等により明白です。
 (例えば、経緯線を投影した刊行日本図として最も代表的な長久保赤水の「改正日本輿地路程全図」(1779年)ほか、鬱陵島と竹島を朝鮮半島と隠岐諸島との間に的確に記載している地図は多数存在します。)

2.竹島の領有(詳細)
 我が国は、遅くとも江戸時代初期にあたる17世紀半ばには、竹島の領有権を確立していたと考えられます。この当時、鳥取藩米子の大谷・村川両家は、鬱陵島への渡海を幕府から公認され、交互に毎年1回、同島に渡海して漁労や竹木の伐採等を行うとともに、これによって得られた鮑(あわび)を幕府に献上してきました。この間、今日の竹島は、鬱陵島への渡海の船がかりの地として、また、漁採地として利用されていました。

3.鬱陵島への渡海禁止(詳細)
 大谷・村川両家による鬱陵島の開発は約70年間平穏に続けられていました。しかし、1692年に村川家が、また、1693年に大谷家が鬱陵島に出向くと、多数の朝鮮人が鬱陵島において漁採に従事しているのに遭遇しました。これを契機に、日本と朝鮮の政府間で鬱陵島の領有権を巡る交渉が開始されましたが、最終的に幕府は、1696年1月、鬱陵島への渡海を禁止することとしました(いわゆる「竹島一件」)。ただし、竹島への渡航は禁じませんでした。

4.竹島の島根県編入(詳細)
 1904(明治37)年9月、島根県在住の中井養三郎は、内務・外務・農商務の三大臣に対し、「りやんこ島領土編入並に貸下願」を提出しました(「りやんこ島」とは、竹島を「リアンクール島」とする洋名の俗称です。)。これは、竹島でアシカ漁を行っていた中井が、過当競争の状態にあったアシカの乱獲を防止すること、また、竹島の領有権を明確にすることにより他国とのトラブルを避けることを目的として政府に提出したものです。これを受けた政府は、島根県の意見を聴取しつつ、1905(明治38)年1月28日の閣議決定をもって竹島を領有する意思を再確認するとともに、同島を「島根県所属隠岐島司ノ所管」と明確にしました。この後、竹島でのアシカ漁は許可制となり、第二次大戦によって1941(昭和16)年に中止されるまで続けられました。

5.第二次大戦直後の竹島(詳細
 1946(昭和21)年1月、連合国総司令部により発せられた「若干の外郭地域の日本からの政治上及び行政上の分離に関する覚書」(SCAPIN第677号)により、竹島は、日本が政治上又は行政上の権力を停止すべき特定地域の1つとされました。また、同年6月には、いわゆる「マッカーサー・ライン」の設定に関する「日本の漁業及び捕鯨業許可区域に関する覚書」(SCAPIN第1033号)が発せられ、竹島は、日本漁船の操業区域外の地域として指定されました。しかし、これらの連合国総司令部覚書の文中には、いずれも日本国領土帰属の最終的決定に関するものではないことが明記されており、これらが竹島を日本の領土から除外したものではないことは明らかです。

6.サンフランシスコ平和条約起草過程における竹島の扱い(詳細)
 1952(昭和27)年4月に発効した「日本国との平和条約」、いわゆる「サンフランシスコ平和条約」の草案起草過程において、韓国は米国に対し、日本が権利、権原及び請求権を放棄する地域の1つに竹島を加えるよう要求しました。これに対し米国は、かつて竹島は朝鮮領土として扱われたことはなく、朝鮮によって領有権が主張されたとも思われない旨回答し、この要求を受け入れませんでした。

7.「李承晩ライン」の設定
 1952(昭和27)年4月、連合国総司令部は「マッカーサー・ライン」を撤廃し、その直後には「サンフランシスコ平和条約」が発効しました。しかし、これに先立つ同年1月、李承晩韓国大統領は「海洋主権宣言」を行って、いわゆる「李承晩ライン」を国際法に反して一方的に設定し、そのライン内に竹島を取り込みました。
 韓国側の措置は、公海上における違法な線引きであり、また、竹島の領有権に関する我が国の立場と相容れません。これ以降、我が国としては、竹島が日本の領土であることを裏付ける根拠等を提示しつつ、機会あるごとに韓国政府に対して抗議を重ねています。

8.米軍爆撃演習場としての竹島(詳細)
 1952(昭和27)年7月、日米安全保障条約の実施のために設立された日米合同委員会は、日米行政協定(当時)に基づき、在日米軍の使用する海上演習及び訓練区域の1つとして竹島を指定しました。この合同委員会の協議の対象となるのは「日本国内の施設又は区域」と規定されていたことからしても、竹島が「日本国内の」施設又は区域として扱われていたことが理解できます。

9.韓国による竹島占拠
 1953(昭和28)年3月、日米合同委員会で竹島の演習区域からの解除が決定しました。これにより、竹島での漁業が再び行われることとなりましたが、韓国人も竹島やその周辺で漁業に従事していることが確認されました。同年7月には、不法漁業に従事している韓国漁民に対し竹島から撤去するよう要求した海上保安庁巡視船が、韓国漁民を援護していた韓国官憲によって銃撃されるという事件も発生しました。
 翌1954(昭和29)年6月、韓国内務部は「韓国沿岸警備隊は、竹島を日本の侵略から守るため、駐留部隊を同島に急派した。」と発表しました。なお、同年8月には、竹島周辺を航行中の海上保安庁巡視船が同島から銃撃され、これにより韓国の警備隊が竹島に駐留していることが確認されました。また、この際、韓国側により竹島に灯台が建設されていることを確認しました。

10.国際司法裁判所への提訴の提案(詳細)
 韓国による「李承晩ライン」の設定以降、韓国側が行う竹島の領有権の主張、漁業従事、巡視船に対する射撃、構築物の設置等につき、我が国は累次にわたり抗議を積み重ねました。そして、この問題の平和的手段による解決を図るべく、1954(昭和29)年9月、我が国は韓国側に対してこの紛争を国際司法裁判所に付託することにつき提案しました。しかし、同年10月、韓国側はこの提案を拒否しました。また、1962(昭和37)年3月の日韓外相会談の際にも、我が国としては同様の提案を行いましたが、韓国側からは前向きな反応が得られませんでした。

11.竹島の近況
 韓国側は、引き続き警備隊員を常駐させるとともに、宿舎や監視所、灯台、接岸施設等を構築しています。このような行為は、何ら法的な正当性を有しない不法な占拠であり、竹島の領有権を巡る我が国の立場に照らして決して容認できるものではありません。我が国としては、竹島をめぐり韓国側が何らかの措置等を行う毎に厳重な抗議を重ねるとともに、その撤回を求めてきています。

【韓国本土からの竹島入域自粛について】
 韓国による竹島の不法占拠が続いている状況の中で、我が国国民が韓国本土を経由する等により竹島に入域することは、このような我が国国民が竹島において韓国側の管轄権に服することを認めたとか、竹島に対する韓国の領有権を認めたというような誤解を与えかねません。この点につき、国民の皆様の御理解と御協力をお願いいたします。

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コメント

んだ。
竹島は日本領でス。
とっとと侵略者を追っ払うでス。
∩( ゚Д゚)⊂オラッシャァァァ!!!

投稿: かっぱやろう | 2007年2月22日 (木) 14時21分

かっぱやろうさん
そうそう。不法占拠と世界中から罵られるのが嫌ならお白州(国際司法裁判所)に出てこいって!

投稿: 練馬のんべ | 2007年2月22日 (木) 21時19分

21年竹島の日もも少しです、松江に行く予定でありますが、とにかく寒い処であります、テント持参で宍道湖のどこかで幕営します。

投稿: | 2008年12月28日 (日) 23時43分

?さま
おつかれさまです!
のんべは21年も竹島プロジェクトに参加するつもりです。

投稿: 練馬のんべ | 2008年12月29日 (月) 06時51分

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2007 竹島プロジェクト 宣言 上の宣言文入りのイラストは、JOKERJOKER管理人、恭介様より拝借致しました。感謝! 竹島に はためく識(しるし)は 世にひとつ白地に赤き 日の本の旗 ... [続きを読む]

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きょおはー。 竹島の日〜。 でス。 「竹島ものがたり」もおいしかったし。 これで竹島奪還がなれば。 (;゚∀゚)=3ハァハァ ってな感じでスが。 まあ今のとこ平穏でスね。... [続きを読む]

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