高校の必修科目履修漏れさわぎ
高校での必修科目の履修もれ騒ぎが広がってきました。最初は氷山の一角の上に転がる石ころみたいなもの…と思っていたら、出るわ出るわ。これでやっと氷山の一角くらいには昇格しましたが、まだまだ出るでしょう、進学校と言われるところではやってないほうが珍しいくらいでは。
朝日サマ社説でも取り上げていますね。ちょうどいいのでネタにしましょう。
表題『必修漏れ 生徒にしわ寄せするな』
『...いずれも進学校だ。大学受験に必要な科目を優先...学習指導要領を無視...卒業できず...1科目...最低でも70回の授業...受験生にとっては大変な衝撃』
『高校側は必修漏れを隠す...受験のためならルールを無視...結果的には生徒たちを苦しめることになった。教師たち、とりわけ校長の責任はきわめて重い。』
事実を簡単にまとめていただきありがとうございました。
ところで、この70回という意味は、1年は35回でまわるので、週1コマ2年(週2コマ1年)で履修ということです。
『必修科目をきちんと学んできた他の高校の生徒たちは、「不平等だ」と怒るに違いない...必修漏れの生徒がこの時期に受験でしわ寄せを受けるのは忍びない...必修科目の補習をするにしても、入試が終わった後に回す(等の)工夫をすべきだ。...過去にもたくさんいたはず...蒸し返すのは現実的ではあるまい』
まあ、そんなところでしょう。
ここからが「社説」です。
『いまこそ必要なのは、必修科目をごまかす高校がこんなに増えた背景に目を向けることだ。
今回発覚した高校の中には、数年前から手を染めていたところが目立つ。学校5日制や新しい学習指導要領が論議され、導入された時期にあたる。
公立高校は土曜日が休みになり、授業時間が減った。そのうえ、総合学習の時間が設けられた。授業時間のやりくりが難しくなったのだ。』
これはまさに仰せの通り。
『国公立大学は学力低下を恐れる声に押されて試験科目を増やす方向...逆に私立大学は3教科の入試が主流のまま...少ない授業時間...高校は指導要領と大学入試の板挟み』
『文部科学省と大学の双方が改めて真剣に考える必要がある。
大学は入試の科目と問題を指導要領に沿ったものにする。指導要領は共通に学ぶべき内容を厳選する。公立校に週5日制を義務づけている法令もゆるやかにする。そんなことを考えた方がいい。
今回の騒ぎを高校教育と大学入試との関係を考え直す契機にしたい。』
朝日サマは、多様な入試形態があるのは好ましいというお考えかと思ってました。これで考え直すということは、大学は高校の学習指導要領に沿った入試をせよ、つまり(極論すれば)どこの大学でも全教科を受験させる一律の形態にすべき、という意見にも読めます。
私はその意見に反対。学校の授業と入試は別物です。受験勉強など、自分でやれって。
受験に関係ない授業を受けたくないなんぞ、少なくとも高2まではけちな料簡というもの、学校は受験に関係ない授業も受けるところであり、高3で一気に受験態勢に切り替えればいい話です。子供達や親達が焦る気持ちはわかりますけど、教師が率先するなど、「指導」する立場の人間がやることではない。
もちろん、授業時間が週5日制で全く足りないのは事実、週6日制に戻す必要があるのは言うまでもないことです。また、日本史と世界史あわせて歴史基礎、というような科目を作って必修はそれだけにする、なども一案でしょう。今の日本史の教科書を必修にするよりはよほどいい。
それにしても、なぜ今こんな昔からわかってそうな話がこの時期にクローズアップされているのでしょうか。本来、このようなことが明らかになるのは教育再生につながる話と思いますが、あまりに教育再生会議とタイミングがあっているのは偶然にしてはできすぎなので、文科省の発言力を減らすため、というようにも見えてしまいました。まあ、大人のごたごたに子供を巻き込むような下品な真似をする人たちではないでしょうから、下司の勘ぐりだと信じていますが。
追記
最悪のところでは、3年生に対して、4科目350時間もの補習が必要になる学校もあるそうです(読売記事より)。つまり、10コマ分もの必修を取らせていなかったということ。210時間以上(6コマ分以上)の学校も5校。
こうなると授業時間の不足とかなんとかいう問題ではなく、受験科目だけ教えるという予備校そのもの。これはいくらなんでも…
伊吹大臣はちゃんと単位を取れ!と当たり前のことを主張なさっているので、受験時期終えてから1ヶ月弱(仮に21日とする)の間毎日土日なく補習するとして毎日10~17時間。毎日保健体育、芸術、家庭、情報ばかり、など…これはもはやお手上げ、というべきでしょう。卒業を断念させて大検を受けさせるしかない?
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