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2006年8月 6日 (日)

二度と原爆を喰らうものか

今から61年前の今日、広島に原爆が落とされました。まさに無辜の民の大虐殺、一瞬で十万人以上の命が失われ、それ以上の方が被爆に苦しみながら亡くなっていきました。未だに苦しんでいる方もいます。合掌。

これについてだれが悪いのか。それはどういう理屈をつけようと、落としたアメリカが悪いに決まっています。投下した飛行機エノラゲイは今もアメリカのスミソニアン航空宇宙博物館新館で展示されており、原爆被害についてはあまり記載されていません。日本人の神経を逆撫でするとはこのことです。

しかし、戦後、原爆の被害を利用した馬鹿者共がいました。アメリカの原水爆を批判するばかりで、ソ連や中共の原水爆は、原水爆の被害を防ぐために作られた「きれいな」原水爆だったなどと言っていた馬鹿者共です。後世の高みに立って言うわけではありません。きれいな原水爆などあり得ないのは当たり前の話です。
まさか今そんなことを言う度胸のある馬鹿者はさすがにいないでしょうが、また原爆の日に、アメリカの原水爆の批判ばかりでロシア、中共、北朝鮮には目を瞑る談話が出てきそうな…杞憂ならいいのですが。

原爆記念碑に記されている「過ちは繰り返しません」という言葉は主語が日本人では意味不明とよく批判されますが、日本人が反省すべき過ちとは「原爆を喰らったこと」「国を守れなかったこと」につきます。だから、この言葉は、二度と原爆を喰らわず国を守るためにどうすればよいか、それを考えなさい、ということです。

日本を敵視している中共や北朝鮮…人命など屁とも思わない国…が原爆を持っている以上、絶対に使わせないためには、相応の防衛力と反撃力を持つしかない、ということは仕方のない話です。早く憲法を改正して平和を守ることが「過ちは繰り返しません」の誓いを守ることです。また、憲法改正前に今すぐすべきことは何か。これも簡単、非核三原則を凍結することです。原爆を落としたアメリカに守って貰うことは悔しいけど、安全保障条約に頼るしかない現状では他に選択肢はありません。

原水爆などの大虐殺兵器を持つ権利など、本来はどの国にもない、と思っています。しかし、不当な権利を行使している国がある以上、どうすれば国を守ればよいのか、思考停止している場合ではありません。

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